いそれらの者のため、室内の雰囲気はへんに乱されて、落着かない不安なものになっていた。だから、老女の姿が現われたり消えたりしても、私にはさほど意外ではなかった。眼に見える者たちの饗宴にしても、影の人物がたくさん参加してるような感じだった。然しそれら影の人物が、なかなか姿を現わさないのは、私の甚だ遺憾とするところである。
一人黙っていた議一が、ふと、こちらを向いて顔を挙げてる正夫に気付き、その方を凝視し、そして立ち上る。
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 議一――正夫君、さっきのお婆さんは、ほんとに君のお母さんかね。本人はそのように言っていたが……。
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正夫は頬杖をついたまま、もう顔を伏せず、不敵な笑みを浮べる。
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 正夫――さあどうだか、よくは分らない。
 議一――なんだって。君は母親をも見分けられないようになったのか。
 正夫――そっちを向いていたから、後ろ姿だけでははっきり分らなかった。
 議一――そんなら立って来るなり、言葉をかけるなりして、確かめたらいいじゃないか。
 正夫――その興味もなかった。
 議一――興味の問題じゃない。心情の問題だ
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