く無言。
[#ここで字下げ終わり]
 酒太郎――忌々しい婆だ。
 煙吉――俺たちに意見をしていきやがった。
 愛子――あのひとに髪の毛を引っ張られたかと思うと、頭中がむずむずしてくる。
 時彦――然し、みごとにやっつけられたね。
 煙吉――誰がさ。
 時彦――俺たちみんなだ。
 煙吉――いや、俺はやっつけられたとは思わん。
 愛子――あたしもそうは思わんよ。時代が違って、物の考え方が違っただけのことさ。
 酒太郎――だが、俺たち、貧乏になったんだろう、には参ったね。まったく、下落したんだからね。
 煙吉――下落したって構わん。何もかもがそうじゃないか。
[#ここから2字下げ]
一同は何かがやがや言いながら、自暴自棄のように飲み食いする。その光景は、ますます乱雑になる。
不思議なことに、室内にいるのはどうも彼等だけではないような感じだった。私(筆者)は初めからそういう印象を受けていた。眼に見えるのは彼等だけだが、まだ他にもいろんな人物がどこかに潜んでいる、そういう気配だった。もとより、それらの者は、姿を現わしもせず、口を利きもしなかったが、確かにその室内にいるに違いなかった。実体の分らな
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