立ち上る。時彦のような細そりした体だが、時彦がひどく長身なのに比べて、これはばかに背が低い。透いて見えるような服をまとっている。
[#ここで字下げ終わり]
 煙吉――この煙吉から見ると、みんな可笑しいや。正夫君に未練たらたらで、そして正夫君を自分のものにしようとかかっている。俺はそんなことは企らまないよ。どうせ世の中は成るようにしかならないものだ。正夫君と別れようとどうしようと、まったく平ちゃらさ。正夫君だってそうだろう。
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正夫は顔を挙げて、煙吉を不思議そうに眺め、皮肉な薄ら笑いを浮べるが、それにも拘らず、溜息をついて、また顔を伏せてしまう。その方を、煙吉はちらりちらり見やって、腕組みをする。
[#ここで字下げ終わり]
 煙吉――正夫君、君はずいぶん煙草が好きなようだが、吸いすぎると体に悪いよ。煙草は口臭を去るとか、空腹の助けになるとか、考えごとをまとめるとか、いろんなことが言われてるが、それも適度な場合だけだ。吸い過ぎると、食慾が無くなるし、注意力が散漫になるし、記憶力が減退する。この俺が言うのだから、間違いはないよ。口臭を去るどころか、正夫君、君の口はひどく
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