万事成り行きに任せるというのか。そんなら君の、あの積極的な、反暴力思想、反権力思想は、どこへ行ったんだ。病気か衰弱か知らないが、へんに投げやりなところが君には見える。どうしてそうなったんだ。何が君をそうさせたんだ。投げやりの気持ちは、自暴自棄よりも一層悪い。自暴自棄には少くとも、何物かに対する一種の抵抗がある。投げやりには何もない。頽廃ほどの気慨さえない。君のうちにはなにか、深淵みたいなもの、空洞みたいなものがある。
――それで分ったよ。君が文化会議に殆んど出て来なくなった理由も、その他の会合にも殆んど出席しなくなった理由も、よく分った。君はどこにも殆んど顔出ししなくなったばかりか、誰に逢っても、ただにやりと気味悪く頬笑むだけで、殆んど話らしい話もしないというじゃないか。勿論、口を利きたくない時は利かなくてもいいが、君の様子はちっと変梃だと、皆が言っている。然しもう、とやかく言うのは止そう。まあせいぜい、顔を地面に向けて、僕たちに背を向けるのもよかろう。眼を足元に注いで、青空を見ないのもよかろう。そして君のうちにあるその深淵に、その空洞に、君自身すっぽりと呑み込まれるのもよかろう。
――おい、正夫君、僕たちにばかり饒舌らせないで、何とか言ってみたらどうだい。そのくせ、自分では退屈してるじゃないか。いったい、君は一日中何をしてるんだ。退屈ばかりしてるのか。時間をどんな風につぶしてるんだ。何とか言ってみないか。
[#ここから2字下げ]
議一は拳固でやたらに卓を叩きつける。正夫はじっと頬杖をついたままでいる。議一はなお卓を叩き続ける。
間。
議一の腕を、横合から一本の手が押え止める。そして手の主は、すっくと立ち上る。胴体が短く、足が長く、極端に痩せ細った男で、体にきっちり合った服を着てるので、火箸のようにひょろ長く見える。彼は突っ立ったまま、室内を睥睨するように見廻し、正夫に眼を止めて、右手を差し伸べ、更に人差指を一本差し伸べて、正夫を指し示す。
[#ここで字下げ終わり]
時彦――俺は時彦という者だが、この人をよく知っている。煩いから騒ぐのは止しなさい。この人は決して退屈なんかしていない。退屈したことなんか決してない。ただ、俺を軽蔑してるだけだ。言い換えれば、俺を無視してるだけだ。
――この人は恐ろしく懶け者だ。ただそれだけだ。だから、懶け者の癖として、決して退屈
前へ
次へ
全19ページ中4ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング