のと繋りを持っていて、私の内心に力と光とを与える。

 市内本郷千駄木町の一部に、太田の池という幽邃な大池があった。太田道灌の血を伝えてる太田子爵の所有地なので、俗に太田の池と呼ばれたのである。二方は高い崖で、古木が欝蒼と茂り、その根本から水が湧いて、常に清冽な水が池に湛えていた。池は自然のままに放置されて泥深く、周囲には笹や蔓が生いはびこっていた。時折子供たちが、竹垣の間をくぐってはいりこみ、蜻蛉をからかい、蝌蚪をいじめて、遊んでることもあった。然し、日の光が薄らぐと共に、また静寂幽玄な気にとざされるのだった。妖怪談さえ云い伝えられた池である。
 その池が、数年前、埋められて、今は、人家が立並んでいる。池の縁をなしていた崖も、或はコンクリートで築かれ、或は木を切られてしまった。昔の池の名残を留めてるものは、殆んどない。ただ僅かに、昔のことを知ってる者に一脈の懐古の情を起させるのは、太田邸の一端をなしてる昔ながらの崖の一部と、それから、私の家の東側の崖……。
 この崖、幅十間にすぎないが、椎や椋や榎や楓や、其の他の雑木が、それも径一二尺の大木が、立並んでいて、その根で土壌を支え、落葉を
前へ 次へ
全7ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング