庭の灌木や金魚や水蓮は、真夏の光の中に沈黙した。私は両腕を組んで黙然と庭の中を歩き廻った。――妻が病気で、五月には病院のベッドに横たわっていた。平素から病身で弱いのに、気分だけ張りきって万事を一人で引受けていて、いつも倒れるまでは平然と笑ってる彼女だった。
八月の或る夕方、桃の幹を、地上一間半ぐらいのところで、私は鋸で切った。その辺はまだ生きていそうで、芽を出しはすまいかと思ったのである。が、幹はすっかり枯れていた。
八月の末、妻は病院で安らかに永眠した。
其後、彼女の写真を調べていると、庭の桃の木によりかかって立ってるのと、その根本に屈んでるのと、二つのものが、私の心を打った。そんな写真があったのを、私は忘れてしまっていたのだ。写真に見入ると、それは健康な晴れやかな彼女ではなくて、病相の弱々しい淋しい彼女である。
いろいろな点で、その桃の木に似た彼女だった。
今私は別の家に住んでいる。今度の家敷には種々の大きな木がある。常緑樹もあれば落葉樹もある。私は始終それらを眺めている。そして、樹を愛する心が次第に深まってくるのを覚ゆる。この心、言葉にはつくし難いが、或る神聖なるも
前へ
次へ
全7ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング