家族揃って夏の旅に出かける時、私はいつも留守の者に云い残した。
――あの桃の木は危いから、気をつけておいてくれ。
旅から帰ってくると、桃の木は昂然と頭をもたげていた。――桃の葉の汁はアセモの薬だというので、子供のある近所の人たちが、その枝葉を貰いに来て、程よく刈りこまれていた。実にはよく虫がつくので、留守の者が順々にもいで食べていた。残ってる幾つかの大きな実、それを食べるのが、帰宅した私たちの第一の楽しみだった。街で売ってる水蜜桃ほど甘味はないが、それよりも遙にすぐれた新鮮さと甘酸味とがあった。
枝葉の茂みが刈り透かされ、実がもぎ取られて、すっきりした桃の木は、やがて庭半分にその葉をまき散らした。低い樹木や金魚や水蓮は、晩秋の日ざしを仰ぎながら、安心したように桃の木を眺めた。
だが、冬を越して、春になり夏になると、挑の木はやはり凡てのものの不安の種となった。そして自らは、やはり平然と頭を振っていた。その古木に、何と驚異的な精力ぞ!
それが一昨年の秋、少し早めに葉を散らした。そして昨年の春、二三の小枝を出したきりで、その小枝も、やがて萎縮して淋しい裸形の姿になってしまった。
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