をとくのには、如何なる借金をするよりも骨が折れたのである。
三
私の知ってる或る婦人に、妙な癖をもっているのがある。三十五六歳の中流婦人で、相当の財産と閑暇とを持ち、人柄もよく快活で、顔立も十人並というところ、まあそこいらにざらにある女なのである。ところで、何かのついでに、鼻の話が出ると、彼女はひどく敏感で、即座に片袖で自分の鼻を押え、片手を振って、鼻の話は止めましょうと云うのだ。そのくせ、彼女の鼻はいくらか団子鼻ではあるが、さほど醜いものではない。それを自分ではひどく醜悪だと自信しているらしい、或は鼻で何かよほど不幸な目にあったらしい。――彼女に云わすれば、意志や修養など自分の力ではどうにもならない肉体的欠陥は、当人の前で口にすべきではないのである。
その婦人が、私にしばしば結婚をすすめた。初めは、私が妻の死後ずっと独身生活を続けているのを見て、勝手な理窟をつけては感心していたのであるが、いつのまにか変節改論して、しきりに結婚をすすめるようになった。それも、結婚なさいというのではなく、私がもう相当な年配のせいか光栄にも、奥さんをお貰いなさいというのであり、遂には、
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