その「先生」という語調が、如何にも他処行きの聞き馴れない響きを帯びている。
 そんなのは、一番苦手だ。苦手は敬遠するに限るので、私はだんだん席をずらして、卓子の角の方へ退いてゆく。話の間に、何度か、「どうぞこちらへ。」と招じたのだが、相手が動こうとしないので、こちらから動いてしまった形だ。こうなると、四角な卓子の対角線を通じての対坐だから、人間的な話が出来ようわけはない。――どうも日本座敷はあがきが取れない、せめて、円い卓子を置いた方が便利だ……とそんなことを、私は四角な卓子の対角線の一方で考えながら、黙りこんでしまい、そして対角線の先端に坐っているのは、すっかり人間味を失った単なる儀礼の案山子にすぎなくなった。
 こうなったらもうおしまいで、こちらは不愉快に黙りこむの一手だし、先方は更に鞠躬如と、雨だの風だの電車だのバスだの――そして漸く、色紙短冊の御揮毫をときた。
 ――そうしたことで、私はすっかり気を腐らしてしまった。
 気は腐ったが、これも用件なので、伯父の家を訪ねていった。
 ひどく謹厳な老人で、酔えば仕舞の一手も踊ろうという粋人だが、ふだんは茶の間の長火鉢の前でも膝をくずさ
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