失策記
豊島与志雄

−−
【テキスト中に現れる記号について】

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]
−−

      一

 外出間際の来客は、気の置けない懇意な人で、一緒に外を歩きながら話の出来る、そういうのが最もよい。ところが、初対面の、どういう用件か人柄かも分らず、ふだんなら面会を断るかも知れないようなのを、外出間際だからちょっと……という気持で、座敷へ通したりなんかすることがあるから、奇妙だ。
 或る時、そういう場合のそういう来客があって、座敷へ行ってみると、四十近い年配の、洋服を着た紳士で、室の入口に端坐している。私は席に就いて、一通りの挨拶を済ましたのだが、さて、その紳士、四角い卓子の角のところににじり寄ったきりで、幾ら招じても座布団を敷こうとせず、洋服の膝もくずさず、茶にも煙草にも手を出さず、謂わば鞠躬如として眼を伏せている。そして、「御多忙のところを……御閑静なお住居で……お天気も……先生には……。」などという言葉で、而も
次へ
全10ページ中1ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング