眼を開いて私を眺めるかも知れないという、そんなことでもない。彼女が起き上って私と向い合いに坐るかも知れないという、そんなことでもない。生きてた時の通りでそして底知れず冷たいその死体の方へ、私の肉体がじりじりと引きつけられてゆくような、そういう感じのする不安なのだ。――私は嘗て戦陣で、いろいろな死体の側で時間を過したことがあった。然しその時は何の不安も恐怖も感じなかった。軍服というものは不思議なもので、それが、自分自身と外界の事物とを遮断する隔壁となる。そういう軍服みたいなものを、私はもう持たなかった。自分自身が、その室では、真裸だった。室内に立ち籠めてる不安が肌身にまで迫ってくるのだ。眼をつぶる余裕もなかった。
 私は立ち上った。なにか自分を絡めてる多数の蛛蜘の糸が断ち切れたような工合だった。茫然と見廻すと、飲み残しのコップの酒があった。私はそれを裏口の土間にあけた。瓶の中のウイスキーの残りまでも土間にあけた。彼女がそれを再び飲むことを恐れたのだ。――昏迷の中でとはいえ、何というばかなことを私はしたことか。それが私にとって大きな不利の点となったのは言うまでもない。而も私は、文机の上の紫
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