も淀んでいるのだ。それは後から忍びこんできたものなのであろうか。
 その上、私のその後の行動は、外見的に私に不利な点が多かった。――私は弱い人間なのだ。
 弓子はただ意識を失ってるに過ぎないかのようだった。どこにも苦悶の跡は見えなかった。呼吸神経を麻痺さして忽ち窒息死に至らしむるその猛毒は、じかに生命を奪うだけで、関節の硬直をも来させないのだ。上半身を抱き上げた手を私が放すと、彼女の体は柔らかにぐたりと崩れた。それを私は仰向きに真直に寝かしてやり、半ば開いてる瞼を閉ざしてやった。彼女のハンケチを探して、それで顔を覆ってやった。それから、長火鉢の鉄瓶をおろして、炭火をかきたてた。それから、両腕を組んだ。眼をつぶって考えるつもりだったが、眼はつぶれなかった。――大きな不安が襲ってきたのだ。
 毒酒のコップに掌で蓋をした時の恐怖とは違い、また、彼女の死を知った時の驚駭とは違い、なにか得体の知れない大きな不安だった。それが室内に濃く充満してきた。犯罪を意識しだすという、そんなことではない。後始末をどうしようという、そんなことでもない。もっと彼女の死体にじかに繋ってるものなのだ。それでも、彼女が
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