う一語を言ってくれていたら、彼女は鳥料理屋などへ行かずに済んだし、富永さんの家へも行かずに済んだのだ。富永さんの家で、どんな目に逢ったか。それは若主人の方ではなく、もう六十歳以上の老主人の方だった。なかば不能になりかかってる老人は、閨房で、玩具のように彼女を扱った。彼女は要求されるままに、あらゆる恥しい姿態をし、あらゆる恥しいことを行った。それでも、空襲の時、彼女は危険を冒して老人を助けようとした。煙と焔にまかれて倒れてる老人を救おうとして、首から肩へ大火傷をした。――そういうことを、若主人の方はわきから見ていた。素知らぬ風でと言えるほど冷淡に、わきから見ていた……。
 告白、ともつかず、独白、ともつかない、彼女の断片的な露骨な言葉は、奇妙な調子を帯びていた。酔余の放言のようでもあり、腹を立ててるようでもあった。それが急に打ち沈んで、しんみりと彼女は言った。
「あの時、結婚のことを一言、なぜ言って下さらなかったの。わたし、どんなにそれを待ってたか……。でも、いくら待っても、だめだった。……おかしいでしょう。」
 ふいに彼女は笑った。
 その笑いが、私を元気づけた。
「そんなら、なぜ、君
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