らと取りあげている。私は彼女の眼を避けて、黒髪の中のその耳を求めたが、こちらに斜めに向いてる耳は、下の方が引きつり、その引きつりが、頸筋の大きな褐色の痣へ続いている。罹災の時の火傷の痕だ。私は眼を伏せ、コップの酒をなめ、食卓に屈みこむように両肱をついて、掌に額をもたせた。
「富永さんとこでもそうだった。」
 愛情と悲しみとの中に顔を伏せてる私を、まるで糾弾するかのように、彼女はぽつりと言った。
 私は驚いて顔を挙げた。
「そうよ。わたしを愛しようたって、だめよ。」
 彼女はもうすっかり酔ってるのだ、と私は思った。そして私も負けずに酔いたかった。――飲みながら、愛情とは、彼女が考えてるようなものではない、と私は言った。愛情とは、二人がいっしょに生活を打ち立ててゆくことだ、と私はいった。
「僕は、君と、結婚のことを考えている。」
 初めて、私はそれを口にした。彼女から言って貰いたいことを、こちらから言った。
「そんなら、なぜ、あの時にそう言わなかったの。もう遅いわ。」
「あの時?」
「あの時……昔よ。」
 昔、こっそり手を握り合ったりした時のことを、彼女は言ってるのだった。――私が結婚とい
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