さん、」と私の名を呼んで、「いくつになったの。」
「いくつって、君より二つ上じゃないか。昔からそうだった。」
「昔はそうだったけれど……。」
 彼女は苛ら立った笑い方をした。
 考えてみると、私は三十一だから、彼女は二十九になっている。昔から二つ違いだった。けれど、今では、彼女は私よりもずっと多く世間を知っているようだ。知っているというのが悪るければ、世間ずれがしているのだ。――なにか悲しさに似たものが胸に来て、私は彼女の手を、いつものように握りしめようとした。
 彼女は手を引っこめた。
「昔は、よく、手を握り合ったわね。だけど、もうそんなこと……ばかばかしい。」
「そんなら……。」
 私は身を乗りだして、彼女の唇を吸おうとした。彼女はそれをよけて、コップを手に取った。
「脅迫するなら、打つわよ。」
「脅迫なんて……。」
「脅迫というものよ。男って、みんなそうよ。」
 コップの酒をぐいぐいあおって、そして、へんにぎらぎらする眼を私にじっと注いだ。――彼女は豊かな感じのする顔立ではなく、頬の肉付がへんに薄かったが、耳の恰好がよくて可愛かった。その耳を、わざと蔽い隠すような風に、髪をふっく
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