女は拒まなかった。妙な工合だった。昔――そうだ、もう昔の感じだが――私たちはよく手を握り合ったものだ。彼女の家のミルクホールの片隅で、縁日の夜の暗がりで、人目をさけて手を握り合った。その昔のことが、違った色合で蘇ってきたのだ。私は焦燥に駆らるることがあった。彼女は執拗に眼を伏せていた。
戦地で私が育くんできた淡い恋情は、現実的なものに変質していった。私は多少無理しても彼女の許へ通うようになった。彼女の方から私に勘定を請求はしなかった。――店の常連には、もう年配の富裕な人が多いようだった。
そのうち、私の事情に変化が起った。私は応召前、ある医療機械店に勤めていたのだが、帰宅して[#「帰宅して」は底本では「帰宅した」]みると、その店は罹災していて、まだなかなか復興の見通しはつかないらしかった。母と妹は戦時中、他家の手伝いや手内職でどうにか過してきて、終戦後からは、ささやかな闇物資の仲次ぎをやっていた。私は就職口も思わしいものがないところから、当分のうち、その内緒の家業を手伝うことにした。思わぬ利得があることもあれば、全然だめなこともあった。――そういうところへ、小樽の伯父から頻繁に速達
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