オい足音、長い廊下の両端から互いに呼び合い答え合う声、などが聞こえた。私の近くの幽閉監房の者たち、懲戒囚たちは、平素よりいっそう陽気になっていた。ビセートルの監獄全体の者が、笑い歌い走り踊ってるようだった。
私はただ一人、その喧騒の中に口をつぐみ、その騒動の中に身動きもせず、驚いて注意深く耳を澄ましていた。
一人の看守が通りかかった。
私は思いきって彼を呼び、監獄で祝いごとでもあるのかとたずねた。「お祝いといえばまあお祝いだ。」と彼は答えた。
「今日は、明日ツーロンの徒刑場へ行く囚人どもに鎖をつけるんだ。見せてやろうか、面白いぞ。」
なるほど、いかに醜悪なものであろうとも何かを見るということは、孤独な幽閉者にとってはありがたいことだった。私はその娯楽を承諾した。
看守は警戒のためにいつもするとおりの周到な処置をほどこして、それから私をまったくなんにも備えつけてない小さなあいている監房に連れていった。そこには鉄格子のはまっている窓が一つあったが、ひじがかけられるくらいの高さの本当の窓で、そこから真実の空が見られた。
「そら、」と看守は私に言った、「ここから、君は見たり聞いたりすることができる。王様のように室の中に一人きりだ。」
それから彼は外に出て、錠前と海老錠と閂とで私を閉じこめた。
窓はかなり広い四角な中庭に面していた。庭の四方には壁のように、切石づくりの大きな七階の建物がそびえていた。その四つの建物の正面ほど不体裁に露骨にみじめに見えるものはおそらくあるまい。鉄格子づきのたくさんの窓が穴をあけていて、その窓には下から上まで、無数の痩《や》せた青ざめた顔が、壁の石のように積みかさなって、いわば鉄格子の身にみなはめこまれたようにしてしっかりくっついていた。それは自分がやがて登場する番になるのを待ちながらまず見物人となっている囚人どもだった。地獄に面した煉獄の風窓にしがみついている受刑の魂みたいだった。
彼らは皆、まだ何もない中庭を黙って眺めていた。待ってるのだった。そしてそれらの生気のない沈鬱な顔のあいだに、あちらこちら、鋭い強い目が一点の火のように光っていた。
中庭を取り囲んでいる監獄の四角な建物は、すっかり閉じ合わさってはいない。四つの翼の一つは(東を向いてるのは)中ほどで切れていて、隣の翼と鉄柵で続いてるだけである。その鉄柵の向うに、こちらのより小さな第二の中庭があって、こちらと同じように黒ずんだ壁と切妻とで囲まれている。
こちらの大きな中庭には、周囲にぐるりと、壁によりかかってる石の腰かけがあって、まんなかに、ランプをさげるためのまがった鉄の柱が立っている。
十二時が鳴った。奥まったところにかくれてる大きな大門が突然開かれた。一台の荷車が、青い服と赤い肩章と黄色い負革とをつけてる汚い見苦しい一種の兵士らに護られて、鉄具の音をたてて重々しく中庭にはいってきた。それは徒刑の一群と鎖とであった。
同時に、あたかもその音が監獄じゅうの音を呼びさましたかのように、その時まで黙ってじっとしていた窓の見物人らは、喜びの叫びや、唄の節や、脅かしの言葉や、呪いの声を、聞くもいたましい笑いとともに、一度にどっと挙《あ》げた。ちょうど悪魔の面を見るがようだった。どの顔にもみな渋面が浮かび、すべての拳《こぶし》が鉄格子から突き出され、すべての声がわめき、すべての目が燃えたった。いわばその灰の中からそれほどの火花がひらめきだすのを見て、私は恐ろしくなった。
そのうちに監視らは平然と仕事を始めた。その中には、きれいな服装や恐怖の様子などで、パリからやってきた好奇な連中のまじってることが見てとられた。監視の一人は荷車に乗って、鎖と旅行首輪と麻ズボンのたばとを仲間に投げおろした。そこで彼らはそれぞれ仕事を分担した。ある者らは中庭の隅に行って、彼らの言葉で綱[#「綱」に傍点]と言われる長い鎖を伸ばした。ある者らは敷石の上に、琥珀[#「琥珀」に傍点]と言われるシャツとズボンとをひろげた。一方ではもっとも目の利く連中が、背の低いでっぷりした老人である監視長の見る前で、鉄の首枷《くびかせ》を一つ一つ検査し、つぎにそれを火花の出るほど敷石の上にたたきつけてためした。すべてそれらの仕事につれて、囚人らの嘲笑的な歓呼の声が起こり、ついでなお高く、それらの準備の当人たる徒刑囚らのそうぞうしい笑い声が起こった。徒刑囚らは小さいほうの中庭に面した古い監獄の窓に拘禁されてるのが見えていた。
それらの用意が整ってしまうと、監察官殿[#「監察官殿」に傍点]と呼ばれてる銀のぬいとりをつけた男が、監獄の主事[#「主事」に傍点]に命令をくだした。とすぐに、二、三の低い門が開いて、ぼろをつけた見苦しいわめきたてる男の群を、みなほとんど同時に、ひと息ごとに吐き出すように、中庭の中に送りだした。徒刑囚だった。
彼らがやって来ると、窓の者らはますます喜びの声をはりあげた。徒刑囚のうちのある者など、徒刑場に名の響き渡ってる者などは、歓呼と喝采《かっさい》とを浴びせられて、それを一種のほこらかな謙遜《けんそん》さで迎えた。多くの者は監房の藁で手ずから編んだ帽子めいたものをかぶっていたが、通ってゆく町々でそれによって自分を目立たせようと、どれもみなへんてこな形をしていた。そういうのはなおいっそう喝采された。ことにある一人は熱烈な称賛を博した。それは娘のような顔をした十七歳の青年だった。八日前から接見禁止で禁錮されてる監房から出て来たのだった。彼は監房の藁たばで一つの服を作って、それを頭から足先まですっぽりとまとい、蛇のような軽快さでとんぼ返りをしながら中庭にはいってきた。窃盗のために処刑された道化役者だった。激しい拍手と歓喜の声とがおこった。徒刑囚らもそれに答えた。ほんものの徒刑囚と見習いの徒刑囚とのあいだのその喜悦の贈答は、恐るべき事柄だった。獄吏らとふるえている見物人らとで代表されてる社会がいくらそこに控えていても、罪悪は面と向かって社会を嘲笑し、その恐ろしい懲罰を内輪同士の祝いごととしていた。
彼らはやってくるにしたがって、監視らの立ちならんでいるあいだを、鉄柵のついた小さなほうの中庭に押しやられた。そこには医者たちが彼らを診察するために待ち受けていた。囚人らは皆そこで、目が悪いとか足が不自由だとか手が不具だとか、なんらかの健康上の口実を述べたてて、移送を避けるために最後の努力を試みた。しかし皆たいていは徒刑場に適するものと認められた。すると彼らは各自こともなげにあきらめをつけて、いわゆる生涯の不具なるものをすぐに忘れてしまった。
小さな中庭の鉄柵はまた開かれた、一人の獄吏がアルファベット順に点呼した。すると彼らは一人一人出てきて、大きなほうの中庭の隅に行き、名前の頭文字のままに与えられた仲間のそばに立ちならんだ。かくて彼らは各自に自分自身だけになされる。各自に自分の鎖を担い、未知の者と相並ぶ。偶然一人の友があっても、鎖のためにへだてられる。最後の悲惨事だ。
約三十人ばかり出てきたとき、鉄柵はまた閉ざされた。一人の監視が棒で彼らに列を正させ、粗麻《あらあさ》の一枚のシャツと上衣とズボンとを一人一人の前に投げ出し、それから合図をした。一同は服を脱ぎはじめた。ところが、思いがけないことが時機をねらったようにおこって、その屈辱を呵責《かしゃく》に変えた。
その時まで天気はかなりよくて、十月の北風のために空気はひえびえしてたとはいえ、またそのためにときどき空の灰色の靄《もや》があちこち吹き払われて、そこから日の光が落ちてきた。けれども、徒刑囚らが監獄の服をようやく脱ぎ終えて、裸のままそこにつっ立って、獄吏らの疑い深い検査に身をまかせ、まわりをうろついて肩の烙印《らくいん》を見ようとする無関係な人々の好奇な目つきに身をさらしたとき、空は暗くなり、その冷たい驟雨《しゅうう》がにわかにおこって、その四角な中庭のなかに、彼らの裸の頭の上に、裸の体の上に、地面にならべられているみじめな衣類の上に、滝のように降りそそいだ。
またたくまに、監視と徒刑囚以外のものはみな中庭から逃げだした。パリから来た見物人らは門のひさしの下に身を避けた。
雨はやはりさかんに降りつづいた。もう中庭に見えるのは、水にひたった敷石の上にびしょぬれになっている裸の徒刑囚らばかりだった。そのそうぞうしい饒舌《じょうぜつ》は陰鬱な沈黙にかわった。彼らはうち震えて歯の根も合わなかった。彼らの痩《や》せ細った脛《すね》は、ふしくれだった膝は、両方ぶつかりあった。そして彼らが血の気を失った手足に、そのぬれたシャツをひっかけ、その上衣をまとい、その水のしたたるズボンをつけるのは、見るも憐れなありさまだった。裸体のほうがまだましだろう。
ただ一人、老人だったが、なお多少の快活さを見せていた。ぬれたシャツで体をふきながら、これは予定にはいってなかった[#「これは予定にはいってなかった」に傍点]、と叫んだ。それから天に拳《こぶし》をさしつけて笑いだした。
彼らは旅の服をつけてしまうと、二、三十人ずつ一団をなして中庭の他の隅に連れていかれた。そこには地面に伸ばされてる綱がそれぞれ待ち受けていた。それは長いじょうぶな鎖で、二ピエおきに他の短い鎖がついていて、その先端に四角な首枷《くびかせ》が取りつけてある。首枷は一方の角にはめてあるちょうつがいで開き、反対の角で鉄のボルトで閉まるようになっていて、徒刑囚の首に移送のあいだじゅう鋲締《びょうじ》めされる。そういう綱が地面に広げられているところは、大きな魚の骨の形に似ている。
徒刑囚らはぬれた敷石の上に泥のなかに座らせられた。首輪がためしてみられた。それから監獄の二人の鍛冶屋が、携帯用のかなとこを持ってきて、冷酷にもその首輪をかなづちで彼らに鋲締めした。もっとも豪胆な者でさえあおくなる恐ろしい瞬間だ。背にあてられてるかなとこに打ちおろされるかなづちの一撃一撃は、受刑人のあごをはね返させる。前から後ろへちょっとでも動こうものなら、頭蓋骨はくるみの殻のように打ち砕かれるだろう。
その処置がすむと、彼らは陰鬱になってしまった。聞こえるのはもう鎖の震える音だけで、また間をおいて、強情な者の手足に監視が加える棒の純い音と、ある叫び声とだけだった。泣きだす者もあった。老人らは唇をかみしめて震えていた。鉄の枠のなかのそれらの凄惨《せいさん》な横顔を、私は恐怖の念で眺めた。
かくて、医者の検査の後、獄吏の検査があり、獄吏の検査の後、鉄枷がつけられる。三幕の観物《みもの》である。
日の光がまたさしてきた。そのために徒刑囚らの頭のなかには火が燃えだしたかのようだった。彼らは痙攣《けいれん》的な動作で一度に立ちあがった。五すじの綱は手で繋ぎ合わされて、突然ランプの柱のまわりに大きな円を作った。そして彼らはめまぐるしいほどにまわった。まわりながら徒刑場の唄を、隠語の情歌を、あるいは激しい快活な、あるいは悲しい節で歌った。間をおいては、金切声の叫びが、息をはずませたきれぎれの笑いが、ふしぎな唄の言葉にまじって聞こえた。それから猛り狂う歓呼の声がおこった。拍子をとってぶつかりあう鎖の音が、それより鈍い唄声に管弦楽の用をしていた。魔法使いの宴を想像するとすれば、ちょうどそれにふさわしいものだったろう。
中庭に大きなバケツが持ってこられた。監視らは徒刑囚らを棒でなぐってその踊りをやめさせ、バケツのところへつれていった。バケツには湯気のたってる汚いなんとも知れぬ液体のなかになんとも知れぬ草みたいなものの浮いているのが見えていた。徒刑囚らは食事をした。
食べてしまうと彼らは、残りのスープと黒いパンとを地面に投げすてて、また踊りと唄とをはじめた。鉄枷をつける日とその晩とは、それだけの自由が彼らに与えられているものと見える。
私はその異様な光景を、ごく貪欲な痛烈な注意深い好奇心で見守っていたので、自分自身を忘れはてていた。強い憐れみの念に胸の底までかきむしられ、彼らの笑いに涙
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