くしは目にかけて可愛がってやり、三上もあの粗暴な性質にも拘らず、やさしく使っていました。なにか粗相をしでかしても、ただ注意をしてやるだけで、叱るというようなことはありませんでした。三上の身辺の用も、だんだん、わたくしに代って清さんがしてくれることが多くなっていました。
「清さんにばかり任せておかないで、お前も少し僕の面倒をみなさい。」
笑いながら冗談に、三上はそんな風に申したことがあります。
その言葉が、逆な意味でわたくしの胸に蘇ってきました。そのほかいろいろな日常の些細なことが、意味ありげに胸に浮びました。
もしかすると、三上と清さんとの間に、なにか特別な関係が出来ているのではあるまいか。そう疑ぐるのは恐ろしいことですけれど、世間に例のないことではございません。愛情の問題ではなく、ただ気紛れな遊びに過ぎないとしましても、妻としてはそれは堪え難いことではございませんか。
あの晩、清さんのところに忍び込んだ男が、もし三上だったとしたら……。はじめは旦那さまかと思ったと、清さん自身で申しました。前にそんなことがなかったと、どうして保証出来ましょう。断っておきますが、わたくしは清さんがもう処女ではないと思っておりましたのです。
わたくしは取り乱したのでございましょうか。でも、わたくしのような立場に立たれましたら、あなたはどうなさいますでしょうか。
わたくしは清さんとの話を切り上げました。今後のことはわたくしに任せておきなさいと言って、杉山さんからの封筒を預りました。けれど、実は、杉山さんのことはもう遠くにかすんでいて、三上のことが前面に立ちふさがっていたのです。
わたくしは三上の様子に眼をつけました。清さんの様子にも眼をつけました。それでも、ふしぎに……ふしぎにと言うのが今ではおかしいのですけれど、何の手掛りも得られませんでした。三上はいつもの通りですし、清さんは杉山さんのことが一段落ついて安心したとでもいうような風です。わたくしの疑惑は、外へのはけ口を失って、内攻するばかりでした。
そのようなわけで、わたくしは自分の気持ちを持てあまし、一層のこと、正面攻撃に出て、一挙に黒白をきめてしまおうと決心しました。
三上はいつも外出がちですが、或る晩、早めに帰って来ました時、先方の虚を突くつもりで、いきなり茶の間で話を切り出しました。
女中たちはそれぞれの部屋
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