ついて、さんざん勝手な嫌らしいことをして、しばらくして出て行きました。その男が、杉山さんだったのです。
清さんの死体解剖の結果、あのひとがまだ処女だったことが分りました時、わたくしはどんなに喜んだか知れません。いえ、喜んだというよりは、安堵したと申す方が正しいでしょう。
けれど、清さんから右の話を聞きました当座、わたくしはほんとに息づまるような気が致しました。さんざん勝手な嫌らしいことと、清さんはじっさい言いましたが、それがどんなことだったか分りませんし、詳しく聞き糺すわけにもいきませんでした。わたくしの推測では、これはきっと、清さんが手籠めにされて身を汚されたものとしか思えませんでした。清さんが自分の娘でしたら、そのような点をもっと詳しく聞いただろうと、今となっては残念でなりません。
あの時、前に坐ってる清さんが、わたくしには悪《にく》らしくさえなりました。身を汚されながら、しゃあしゃあとそのことを打ち明け、涙一滴こぼさないのですもの。もしかしたら、小娘らしく取り澄してはいるものの、案外、すれっからしのしたたか者かも知れないと、疑いの念さえ起るではございませんか。
それと共に、一方では、わたくしはむしょうに腹が立ちました。清さんはよその家の大事な娘さんです。それをわたくしの家に預りながら、とんでもないことになってしまったのです。わたくし自身の娘が、もしもそのような目に逢ったとしたら、どう致しましょう。その腹立ちが、杉山さんへよりも、眼の前の清さんへ向いていきました。
「その時、なぜ逆らわなかったのです。噛みついてやるなり、声を立てて助けを呼ぶなり……。家の中ですよ、野原の中ではありませんからね。」
わたくしはむしゃくしゃして、清さんを睥みつけていたらしゅうございます。
すると、突然わたくしは、天から地へ転げ落ちたような思いがしました。清さんが静かに、次のように申したのです。
「はじめは、杉山さまとは分りませんでした。はじめは、旦那さまかと思いましたので……。」
「旦那さまだったら……我慢してるというんですか。」
「はい。」
はいというその返事が、錐のようにわたくしの胸に刺さりました。
嫉妬とまでは申しますまい。疑惑とでも申しましょうか。一度に、さまざまな疑惑が湧き上ってきました。
清さんは、わたくしにばかりでなく、三上にも気に入っていました。わた
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