中途半端ではすみそうもない、危い瀬戸際にあるようだった。そして坪井も、自分が同じ様な瀬戸際にあるのを感じた。彼は半ば自棄的な苦笑を浮べて云った。
「どうだい、僕と結婚しないか。」
「だめよ。」
「なぜ。」
「なぜでも……。結婚するくらいなら、あたしたち、情死《しんじゅう》しちゃうかも知れないわね。」
「じゃあ、情死しようか。」
「ええ、いいわ。……あたし今日は、酔いたいの。酔って……駄々をこねてもいいでしょう。」
 だが、坪井は少しも酔いたくはなかった。胸の底にへんにまじまじと眼醒めてるものがあって、そいつが、蔦子を、また彼自身を、じっと見つめていた。
「おばさんは、いくつだったの。」
「五十……九かしら。でも、年よりずっと老けてたわ。」
 彼女は眉根をくもらせて、杯をとりあげた。坪井も杯をとった。そうして酒をのむのはばかばかしかったが、ばかばかしいことは、一番ほかに仕様のないことかも知れなかった。そして彼はまた考えこんだ。おばさんの死の前後のことをもっとくわしく聞きたかったが、蔦子はもうそんなことに心を向けたくないらしかった。生きてる者の、生きてる間だけのこと……そういうところに彼女
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