、おしげによくのみこめないらしかった。くわしく説かれて、いくらか分りかけると、ほっとしたような顔をした。
「それでは、お金がどれくらいあったら、すっかりよくなるんですか。」
「どれくらいって、少しでいいのよ。でもそんなこと、おばさんが心配なさらなくってもいいわ。どうにかなるわ。」
 蔦子はそこで初めて笑った。おしげに酒をすすめた。おしげは一杯うまそうに干して、それから、両手を懐につきこんで、長い間かかって、郵便貯金の通帳と印章とを取出した。
「これを、すっかりあげるから、役にたてて下さいよ。わたしがもってるものは、何もかもそれだけだから、役にたつように使うんですよ。」
 蔦子はあっけにとられた。おばさんにお金の相談をしたのではないと、いくら云っても、おしげはきかなかった。通帳を開いてみると、千円をこした金額なのに、蔦子は更に驚いた。おしげはむりにおしつけた。それではしばらく拝借しとくわといって、蔦子は通帳と印章を帯の間にさしこんだ。その無雑作な手附を、おしげはじっと眺めていたが、またたきもしないその眼から、涙がはらはらと、だしぬけに流れおちた。
「あら、どうしたの、おばさん。」
 おし
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