、しっくりと話がしにくいように思えた。殊にその細そりした鼻筋と受け口の下唇とが、変に彼女の心を反撥した。彼女はそのことを島村に云った。それで、島村が話を引受けた。
合間を見計って、島村は彼女を別宅によんで、おしげの貯金のことを話しだした。よく知っておりますとの、事もなげな返事だった。
「昨日《きのう》来ました時、貯金と通帳と印章《はん》を、あたしのところへ置いていきました。あなたにあげると云っていましたけれど、こんなことになりましたので、お葬いの費用やなんか、それから致したいと思っていますの……。」
「なに、そんなことはどうでもいいんですが、そうしたものがあったということを、あなたが知ってさえおれば、それでいいんです。本人がたいへん気にしていたようですから……。」
「よく存じております。」
それだけで話はすんだ。彼女は涙ひとつ浮べず、頬の筋肉を硬ばらして、心の扉をかたく閉め切ってるようだった。それにあまり長く対座してもいられなかった。いろいろ用があった。
おしげの棺が、その夕方、本所の方へ運ばれていく時、若い女中はすすり泣いていた。十歳をかしらの子供たちは、慴えたような不思議な様
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