酔狂の上のことで、千代子が笑って見ていたほどふざけたものだったが、それでも私が一押しすると、彼はよろよろとくじけて、千代子の肩にすがり、その花模様の膝にすべり落ちた。島田に結った髪の大きな影が、彼をすっぽり包みこんだ。
彼等をそこに残して、私は立去った。不安が湧いてきた。彼の弱々しさと窶れ方とが頭に残っていた。凡てを投げ出しているような千代子の態度も気になった。彼女の冷淡な言葉と彼は云っていたが、恐らく彼はそれによって、文字の意味とはちがったものを表現していたのだろう。危い、と私は思った。然し彼のような男が自殺する……。この考えは私には、何だか滑稽にさえ思われた。いつ死んでもいいということは、いつまで生きていてもいいということに外ならない。それは自然に任せるということだ。自然に任せるということは、意志的な自殺などとは凡そ対照的だ。
忘れよう。私は忙しかった。
然しともすると、彼の姿が頭に浮んでくるのだった。それが仕事の邪魔となった。私は眉をしかめて、彼に詰問した。
――お前は、あんな女のどこがいいんだ。単純な無智なああいう種類の女は、生に対して盲目であると共に、死に対しても盲目
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