た。私は彼と一緒に何度か彼女に逢ったことがある。この前から見ると、彼女はだいぶ痩せていた。それが、大柄な彼女の肉体をいくらか清澄に見せていた。それでも私はともすると彼女に反感を懐きがちだった。彼が怠惰な日々を送って経済上の難局に当面してる一半の責任は、彼女にありはすまいかと疑ってもみた。その上、酒の酔は人を饒舌に無遠慮になす。彼に余り苦労をかけてはいけないよ、と私は彼女に云った。苦労なんか……さも可笑しいというように、彼女はちらりと彼の方を見た。ばか、彼は生きるとか死ぬとかいってるんだ、と私は彼女に云った。あら、あたしだってそうよ、と彼女は事もなげに云って、彼の方をちらと見た。君と一緒に死ぬともいってるよ、と私は彼女に云った。そんなら嬉しい、と彼女は素直に受けて、彼の方をちらと見た。私はばかばかしくなった。彼女はただ上の空の返事ばかりしていて、私の言葉は彼女の視線に乗って彼へぶつかってゆくのである。その彼はただにやにや薄ら笑いを浮べて嬉しそうに酒を飲んでいる……。
 私は腹が立ってきた。こんな奴、殴ってしまうに限る、と思って立上ると、彼もふらりと立ってきて、私たちは取組み合った。尤も、
前へ 次へ
全19ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング