の冷淡さがあろうか。彼が冷りとして眺めると、彼女は涙を浮べながら微笑してみせるのだ。
その冷淡さを彼は考えまわしたのだった。そしてはっきりした解釈がつかないうちに、いつのまにか、彼女と一緒に死のうという決心になっていった。これまでぼんやり死のことを考えていた時、彼は一度も彼女と一緒に死ぬなどという気持にはならなかった。死ぬのは自分一人のことだった。ところがふいに、彼女の冷淡な言葉にふれて、彼は彼女と一緒に死のうという気になった。
「それが、発見なのだ。」と彼は私に云った。
これはもうどうも仕様がないことかも知れない、そんな気持に私もなって、彼に連れられて、彼女――千代子に逢いにいったのである。
廊下が際立って美しく拭きこまれ、床の間の活花がばかに新鮮で、掛軸の長押の額が古風な、奥の一室で、私と彼とは酒を飲み初めた。二人とも可なり酔っていたが、まだだいぶ飲めそうだった。杯を見ると彼は嬉しそうににこにこしていた。私はともすると考えこみがちだった。
随分待たしておいてから、千代子は息を切らしてやってきた。「おう苦しい。」それが彼への挨拶で、とたんに坐りなおして、しばらくと私に挨拶をし
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