れが出来なかった。千か二千は出来たろうが、それは半端で間に合わなかった。彼は首を傾《かし》げた。思った金額が出来ないのが不思議だった。彼にとっては、金の問題は凡て小学校の算術だった。これだけ借りて、こうして、これだけずつ払っていく。計算が明瞭についた。ただ、前提となるべき借金だけが出来なかった。それが彼にとっては不思議極まることだった。そんな筈ではなかったのである。水は高い所から低い所へ流れていく。今はこちらが水量が足りないから、よそから流しこんでおいて、やがて仕事によって水量がましたら、また他の方へ流してやるつもりだった。それが齟齬を来したのである。要するに、金を借りる時期と、支払う時期――即ち仕事をする時期とが、距りすぎていたのである。後者の時期の方が前者の時期に先立たなかったことも、彼にとっては不思議に思われた。
 彼は少し疲れた。面倒くさくなった。こんな世の中ならもう死んでもいいと思った。元来、彼は生への強い執着を持たなかった。為すべきことが多くあるから是非とも生きていたい、そういう不遜な考えは少しもなかった。生きてる間何かをしておれば、いつ死んでもよいのだった。そういう気持な
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