岩石をつきあてるようなものだ。感心してなおコツコツやっていると、尖端の穴から、ぬっと男が出て来た。それが、彼だった。暖いのに、まだ冬のマントを着ていた。その長髪はばさばさして艶がなく、蒼ざめた頬へ疲労性の熱が浮いていて、瞳が据っていた。彼は私を見てとると、手に持っていた帽子を土管の上に投りつけた。怒っているようだった。
「何をしているんだ。」
 私は呆れた。
「君こそ何をしていたんだ。」
 彼はそれには答えないで、帽子を拾って頭にのせてから、私の方をじっと眺めた。私は軽蔑されるのを感じて、眼を伏せた。すると彼は私の腕をとって歩き出した。
「僕は面白いことを発見した。」と彼は話し初めた。「もうとてもいけないと思って、千代子にそう云うと……。」
 その、もうとてもいけないというのが、私から見れば、呆れはてた考え方なのである。前に云ったように、彼は殆んど借金で生活していた。友人たちから、借りられるだけ借りた。それから高利貸から借りた。利子が払えなくなると、他の高利貸から借りた。そういう風で、今に行き詰ることは眼に見えていた。然し彼は平然としていた。も一つの「今に」が控えていた。「今に仕事をす
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