む。然し彼は、それをむりに追い捕えようともしない。そしてのんきに、ぶらぶらしている。どうやりくりしているのか、苦労の影さえない。それがどうも私には不思議だ。だけど、彼のその秘密にばかり関わってるほどの余裕は、私にはない。私は日々のパンのために忙しいのだ。そして忙しい者と隙な者とは、そう屡々逢えないものらしい。機会のくいちがいといったようなものがあるのだろう。
 ところが、或る晩、彼に不思議なところで出逢った。
 私はいくら忙しいといっても、毎日朝から晩まで働きづめでいるわけではない。そんなことは人間として出来るものではない。たまには肉体的息ぬき、精神的保養も、必要である。そんな意味で、ばかげた酒を飲んで、すっかり酔った。風がなく、なま暖く、空はぼんやり霞んでいそうな気配。外を歩いていると、家の中にはいるのが息苦しく思われるような晩だ。こんな時には、病院ではきっと誰かが死ぬ。
 薄暗い横町の角のところに、下水工事の掘り返されてるのがあって、街路の片側に、コンクリートで出来てる大きな土管が転っていた。ばかに大きくて丸い。私はそれに気を惹かれて、ステッキの先でつついていった。ただコツコツと、
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