困ってるようで、呉服屋への支払いなども滞りがちだし、質屋の門もくぐっているらしかった。ただ私によく腑におちなかったのは、近頃彼女がひどく身体を大事にしてることで、酒をつつしみ、食物に気をつけ、指先のささくれにも手当をしていた。この点では彼も同様で、不如意のためからばかりでなく、好きな酒を節し、煙草も節しようと努力していた。これは見方によっていろいろに考えられることだった。
然し私は彼のことにばかりかかわってはいられなかった。彼のために仕事の邪魔をされることさえ困るのだ。心配にはなるが、もう暫く様子を見てるより外はなかった。
仕事について考えながら、池のふちを歩いていると、おい、と私の肩を叩いた者がある。池にはまだ蓮も藻も芽を出さず、平らにしっとり淀んでる水面に、森影と街の灯とが半々に映って、ちぐはぐな瞑想を誘うのだったが、それから眼をあげて、振向いてみると、彼が立っていた。
「君でもこんな所を散歩することがあるのか。」
不思議そうに私の顔を見て微笑した。が私にも、彼のその晴れやかな顔が不思議に思えた。この前よりひどく瘠せていたが、陰翳がとれたようで、眼の光が澄んでいた。どうしたの
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