だと聞くと、十日間ばかり徹夜の形で或る仕事をすましたと云う。
「仕事の義務だけは果したいのだ。」
 それが、彼の所謂本当の仕事かどうか聞きたかったが、彼の晴れやかな表情だけで満足して、私は黙っていた。すると面白い発見をしたといって、彼は嬉しそうに微笑している。私はまたかと思ったが、全く別なことだった。
 徹夜をして、夜がほんのりと明けてくる時、雀の声をきくのが実に嬉しかった、と彼は話す。彼の書斎の窓際に大きな椎の木があって、それに沢山雀がきた。夜明けに一番早く眼をさますのは雀らしい。そして、眼をさますとすぐに楽しく囀り交わす。彼はその雀たちのために、窓の外の庇に米粒をまいてやった。いつのまにか食べてしまう。然し人が覗いているうちには決して近寄らない。いくら馴らそうとしても馴れない。ところが仕事をすました朝、彼が放心のていでつっ立って、ぼんやり夜明の空を眺めていると、雀がすぐ側まで来て米粒をひろっているのだった。気がついて眼をやると、雀がぱっと逃げてしまった。
「偶然の一致だろう。」と私は云った。
「偶然じゃない。自然界はそうしたものだ。」
 彼はそれを信じきっているらしかった。そしてそ
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