理屈をしか説かない。僕はもう理屈には倦き倦きした。人間の生産力……精神的生産力には、潮に似た干満がある。その干満と外部的な不幸とが重った時に、多くの芸術家は餓死し或は自殺した。僕がもし干潮の状態のままであったら、経済上の整理などは図らなかったろう。満潮にさしかかったとの自信があったればこそ、仕事をするために、不愉快な奔走もしたのだ。僕が可なりでたらめな日々を送ったというのも、早く満潮を来させるためであった。ただ、時機が少しくいちがったのだ。このくいちがいがどうにも出来ないような世の中なら、むりに齷齪することはない。僕に本当に働かしてくれないような世の中なら、こちらから御免を蒙るだけだ。
――よろしい、分った。だが、お前は本当に死ぬ意志をもってるかどうか、それだけの決意がお前に出来るかどうか、はっきり云ってみろ。
そこで、返事はなく、私は一人取残された。彼の姿は消えてしまっていた。私は余り残酷な言葉を発したのだろうか。こういう風に使われた意志とか決意とかいう言葉が、私自身につき戻されると、私は或る憤りを感じて不機嫌になったのである。死ぬための……おう、私は彼にあやまりたい気さえした。
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