のだと、代表者の岩田武男はうそぶいていたし、誰もそれに不平を言わなかった。各自が毎月、手当とも配当ともつかない金を貰い、勝手な行動をして、会社は休業同様な状態だった。経理面は岩田一人の手に握られていた。
 最近になって、おかしな片言隻語が、下っ端の野呂十内の耳にもはいってきた。会社は社員そっくり抱えたまま身売りをする、との説もあった。一挙に解散してしまう、との説もあった。半官半民の会社に編成替えされる、との説もあった。其他いろいろで、互に矛盾することばかりだった。
 十内は会社に大して関心を持っていなかったが、事のついでに、それとなく聞き探ってみたところ、要領を得ない返事ばかりで、誰にも真相はわかっていないらしかった。そのうちに唯一人、如何にも自信ありげに、また秘密らしく、十内の耳に囁いてくれる者があった。それによると、岩田は当局筋に取り入って、警察予備隊の枢要な地位を獲得しており、未発表だが、それはもう確定した事実だとのことだった。これからは俺たちの天下だ、と彼はつけ加えた。彼もたぶん、岩田と同じ方面に進むに違いなかった。
 十内は唖然としたが、考えてみれば、不思議なことではなかった
前へ 次へ
全15ページ中10ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング