。なにか、自分一人が迂闊だったようである。
全く気が付かなかったのだ。日本再軍備を唱道する声さえ起っていたのである。警察予備隊とは軍隊の異名にすぎないらしくもあった。
迂闊だっただけに、思いがけない壁にぶつかった気持ちだった。岩田や其他数名は、もうはっきりと将来を決定してるに違いなかった。
今日、十内は赤松重造の事務所へ行った。前以て電話で打合せはしてあったが、赤松は無雑作に五十万円の現金を渡してくれた。もっとも、この節どういうからくりがあるのか、平洋社へは現金がすらすらとはいってくることが多かった。貸借の精算だと岩田は言っていた。赤松は五十万の現金を十内に渡し終って、煙草をふかしながら言った。きれいに支払いしました代りに、こんどは、私の方をもお引立て願いますと、皮肉な語調だった。
語調ばかりでなく、赤松は煙草の煙の向うで、ちょっと意地悪そうに見える皮肉な微笑を、短い口髭のほとりに漂わしていた。まああなた方で、しっかりやって下さい、とも言った。
あなた方、とは何事だ、と十内は思った。然し第三者からのその一言は、十内の胸を打つものがあった。岩田とその一味の行動は、もはや確定的と
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