その痕跡が現存していた。彼女の眼はそれを訴えていた。
然し、その二つを抹殺することによって、十内は別な罪を犯してしまった。彼女の眼を思い起す毎に、十内は身震いするほどの憎悪を覚えた。やがて時がたつにつれて、憎悪の感は薄らぎ、彼女の眼も遠くぼやけていった。
そして今になって、別な顔が見えてきたのである。
別な顔、ではあるが、それがあの青服の少女の顔だと、どうして直ちに分ったのであろうか。自分の方に大きな罪悪があった、そのことが、意識されてきたからであろうか。
局面が違ってきたのである。
十内は先日、朝鮮戦乱のニュース映画を見た。
鉄道線路に沿って、避難民が列をなして歩いていた。皆ぼろぼろの服をつけ、足はたいてい跣で、小さな荷物を提げ、とぼとぼと歩いていた。恐らく、行く先も定かでないであろう。その夜の食事も当がないであろう。
老人があり、子供があり、若い男女も老人か子供のように頼りない姿である。赤児を背負った婆さんもある。そしてそれらの人々が、奇妙に、全く見知らぬ赤の他人の間柄に見える。互に言葉をかけ合うこともなさそうである。ただ黙ってとぼとぼと歩いている。身内の者、親子、兄
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