ていた。鼠は竹筒の中に蹲まって、じっとこちらを見上げていた。懐中電燈の光りで、その顔がまざまざと見えた。もう逃げようともしないで、ただこちらを見ている。丸い眼を一杯見開いてまばたきもせず、こちらを見ている。つまり、懐中電燈の光り中で、鼠とぴったり眼を見合った恰好なのだ。
 そうなると、もういけなかった。彼は頭を振り、室の襖を開け放し、棒で竹筒を突き倒し、鼠を逃がしてやった。
 じっと眼を見合せたのは、それと同じだが、十内のあの場合は、事の次第が全く違っていた。その上、十内は兵士であり武装していた、彼は飛び上って、銃剣で相手を刺殺した。青服の少女は声も立てなかった。
 或るいは、彼女はほんとうに白痴だったのかも知れない。部落中の者が逃げ去った後まで、一人でそこに残っていたからである。或るいは、彼女は特別な意志と意図のもとに、そこに潜んでいたところを、酒に酔った兵のために身を汚され、恐怖と絶望の底に陥っていたのかも知れない。十内の本能的な反応はそれを語るようである。
 では、十内はなぜ彼女を刺殺したのか。惨酷な罪悪と、その痕跡とに対して、憤激したからであったろう。実際そこに、罪悪が現存し、
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