浅間しさに、その眼を外らしたが、持ってゆきどころがなく、またも彼女の眼とぴたり合った。恐怖と絶望の毒気を吐きつける呆けた眼だ。
なにか強い力で結び合されたかのように、眼と眼をひたと見合せてるうちに、十内は飛び上った。そして次の瞬間の行動は、十内自身でもはっきり説明がつかないものだった。
後になって十内は、或る友人のさりげない話を聞いて、内心ひやりとしたことがある。
その友人の家に、鼠がよくいてわるさをした。罠や薬剤を用いるのも億劫だし、大人気ないので、ただ追っ払うだけにしておいた。鼠の方ではだんだん図々しくなって、人のいる室にまで進出してきた。
或る晩、彼が夜更しで仕事をしていると、細君がそっとやって来て、茶の間に鼠がはいってるようだと告げた。不届き千万な奴、痛みつけてやれと、足音をぬすんで忍び寄り、襖を閉め切って、鼠をそこに閉じ込めることが出来た。それから電燈をつけ、棒を手にして、鼠を追い廻した。茶箪笥の棚、鴨居の上、長火鉢の陰など、鼠は素速く逃げ廻ったが、しまいにやっと姿を消した。あちこち見調べたら、地袋の棚の上に竹筒の花瓶があるので、その中を懐中電燈で照らしてみると、果し
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