小さな部落があって、そこが敵性スパイの本拠と目されていた。僅かな油断の隙間に、こちらが手痛い損害を蒙った、その腹癒せもあって、夜間ひそかに、小部隊で掃蕩に出かけた、ところが、行ってみると、その部落には人影一つなかった。その代り、十数戸の僻村にして意外にも、物資が豊富にあった。甕の中、桶の中、床下など、穀類や脂肪類や酒類が隠匿されていた。秘密運搬のルートに当っていたのであろうか。それとも、他に何か目的を持っていたのであろうか。
困苦欠乏は前線の兵隊につきものである。この小部隊の兵たちは、突進すべき敵を見失い、警戒すべき情況も認め得ないで、飲食物の方へ飛びついていった。久しぶりの珍味だった、けれどもさすがに、公然たる饗宴とはいかなかった。薄暗い灯影のもとで、言葉少なに腹を満したのである。
夜が明けてから、改めて屋内の探索がなされた。野呂十内もこの小部隊にはいっていて、あちこちを検分した。そして或る家の奥室に踏み込むと、愕然と立ち辣んだ。
小さな室で、戸棚と小卓に並んで、狭く長い寝台が壁際に設けられていて、その上に、一人の少女が坐っていた。少女は青色の服をまとって、身動きもせず、まじろ
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