、次第に形をととのえて、少女の顔となった。はっと、眼をさますと、室内にまで漂い込んでる薄明るみに、蚊帳が白々と垂れていた。
石段の下方の空間に現われたのは、もっとはっきりした顔だった。
長い髪の毛は垂らしているらしく、前髪だけをお河童風に短く切り揃えて、白い額の上部に影を置いている。高い広い額だ。鼻筋がすっきりと清い。眼と口は判然としない。顔全体が静止しながらゆるく廻転してる故であろうか。それとも幻覚の故であろうか。だが、その顔だけで、首から上のぼやけた顔だけで、あ、あの少女だ、と十内には分った。
忘れていたわけではない。
強いて記憶の外に放り出していたのである。戦闘、敗戦、俘虜、内地帰還、離散した家族、物資の闇取引など、生活環境の激変は、過去の一切を忘却の淵に埋没させるに好都合だった。然し、その忘却の深淵の中にも、ちょっと気を向ければ、厳然たる事実の岩頭がいくつも見出せるのだった。青服の少女もその一つである。
揚子江から可なり離れた処に、十内の属する部隊はいた。広漠たる大陸の土地の、所謂点だけの占拠だから、局部的なゲリラ戦は絶え間がなかった。
遠くに見える兵陵地帯の裾に、
前へ
次へ
全15ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング