柳はすんなりと枝垂れていた。
 そこに浮んだ少女の顔は、やはり大体の輪廓だけで、あの物言いたげな口元も、それから殊に、あの恐怖と絶望の毒気の訴えも、全く見分けられなかった。けれどあの顔だとはっきり分った。
 なにか妙なことになったのだ。その顔が十内に親しく思えたのである。
 眼を閉じて暫し佇むと、もう少女の顔は消えた。十内は思い沈んで、ぼんやり歩いていった。
 河岸通りを過ぎると、横手に公園ともつかない広場があり、誰もいなかったので、十内はそこにはいり込み、篠懸の下のベンチに腰を下した。たいへん疲れた心地だった。
 郷里の伯母の姿が思い出された。
 彼女は農家の広い縁側に坐って、ぼろ布をいじっていた。他の者はみな田圃に出ており、十内の母も兄も墓地に埋っていた。十内が東京に出てゆくのを、伯母はやさしく引立めようとした[#「引立めようとした」はママ]。ここにいなさい、ここにいつまでもいなさい、もうあんなところに行きなさんな、と伯母は言った。
 あんなところ、そうだ、十内は省みて、東京をあんな所と感じた。
 血腥い事件や狡猾な葛藤が、毎日の新聞紙を賑わしており、それからまた、婦人警官だの警察
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