まってるのだ。
 とにかく、壁土が乾いて、彼女が自室に落着けるようになったのは、よいことだ。その夜から僕は、寝室の真中に布団を敷かしてのびのびと寝た。
 翌日の晩、僕はムラサキへ酒を飲みに行き、約束の金をそっと三千子に渡した。彼女の態度は冷淡だった。然しその方が、馴れ馴れしく好遇されるよりも、僕には却って気楽なのだ。ずいぶん酔った。それから、数人の客がまだいたので、菊ちゃんを陰に呼んで、マダムがいつも家を空けて淋しかったろうと、帯地の包みを内緒で渡した。この内緒で渡したのが僕の手落で、つまらない策略を三千子に思いつかせる動機となったのだ。実は、迂濶にもいろいろなことを見落していた……。

     二、村上三千子の告白

 わたしは高木さんを愛していたのであろうか。そうであったとも言えるし、そうでなかったとも言える。頼りにしていたことだけは確かだ。それならば、高木さんの方はどうかと言うと、これは全然分らない。
 思えば、わたしは少し生きすぎた。夫が南方で戦死した時、三十三までは生きようとわたしは思った。なぜ三十三までか。はっきりした理由はなく、ただなんとなくそう思ったのだった。女の感傷
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