少し遅くまで起きていてやったが、表には呼鈴もあるからと思って、僕は寝た。
翌朝午前中、彼女は来た。朝寝坊の彼女にしては早すぎる。寝不足らしい蒼ざめた顔色だ。書斎にはいって来て、火鉢の横にぴたりと坐った。
「昨晩、お待ちなすったの。」
詰問するような調子だ。
「少し遅くまで起きてたが、来ないから、先に寝たよ。」
「そう、わたしのこと、心配じゃなかったの。」
「なぜ?」
「心配なんか、なさらなかったのね。」
「心配するようなこと、なにもないじゃないか。」
「そう。」
彼女は黙って暫く考えていた。女が黙って考えこむことなんか、どうせ下らないことにきまっている。僕は煙草をふかしながら外を眺めた。
「わたし、もう来なくていいわね。」
まるであべこべだ。
「来なくていいかどうか、それは君の都合次第だよ。」
「そう。そんなら、もう壁も乾いたから、泊めて頂かなくていいわ。お宅の高いお米を食いつぶしに来なくても、よくなりました。」
「米のことなんか、どうだっていいよ。」
「お米のことじゃありません。お宅のお米を食いつぶしに来なくてもよくなりました。こんなことを言っても、あなた、なんともお思いにな
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