にか苛ら苛らしてるようだ。新聞に目を通しながら、ばさっと大きな音をさせて裏返したりする。
「あなた、呆れたでしょう。」
何のことを言ってるのか、僕には見当がつかない。
「呆れたと仰言いよ。」
眉を吊りあげて、じっと見入ってくる。
僕は頬笑むだけだ。
「ほんとのこと、言ってよ。」
「だって、何を呆れていいのか、僕には分らないね。」
「どうせ、あなたは、そうでしょうよ。」
新聞をばさばさ折りたたんで、二階の室に上ってゆく。
なにか腹を立ててるんだな、と僕も思うのだが、然し、腹を立てる理由なんかどこにもない筈だ。而も、家の者たちに対してではなく、僕に対してに違いない。彼女はよく、いろいろな物を買って来てくれた。女中には、下駄だの足袋だの手拭など。母と圭一には、菓子や果物など。そして彼等の間に気まずい点はどこにもなさそうである。冗談を言って笑ったりしている。
僕に対してだけ、三千子はちとおかしい。それが次第に昂じてゆくらしい気配さえある。どういうことになるだろうかと、多少の興味も持たれてきたが、案外、つまらなく済んでしまった。
二週間ばかりたった或る夜、彼女は来なかった。平素より
前へ
次へ
全23ページ中7ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング