あくせくすることはない。
僕の家では、三千子は客間に一人で寝るのは淋しいと言い出したから、僕の寝室に寝かした。三十五歳にもなって一人では淋しいというのも、おかしな話だ。階下の奥の室には、母と圭一とが寝ている。僕は妻の死後、幼い圭一をすっかり母に預けた形になった。母は圭一を無性に可愛がり、僕の方はすっかり放任しておいてくれる。三千子のことだって何とも思っていないだろう。
三千子は僕が起きてるまで起きていて、なかなか先に寝ようとしないので、僕もつい気の毒になり、仕事をやめて寝室にはいる。ところが、彼女はひどく朝寝坊で、僕が起きてもまだ寝ていて、たいてい十時すぎでなければ起きて来ない。それから一時間ばかりかけて、丁寧なお化粧が始まる。御婦人のお化粧は覗くものではないから、僕はその場を避けるのだが、一時間もかかって何をしてることか。
お化粧に入念な代り、他の事には彼女は全く手を出さない。布団をたたむことさえしない。食器を台所に片附けもしない。ましてや室の掃除などもしない。すべて女中任せで、手伝おうともしない。旅館に泊ってるのと全く同じ態度だ。それかといって、泰然自若としてるのではなく、な
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