うで危いから、用心してるんだけれど……。
何を言ってることやら。僕にはただ鴎を眺めていた。大きな翼を拡げて朝の陽光をすいすいと切っている、その羽ばたきが、さまざまな模様を空中に描き出し、さまざまな文字を空中に描き出す。彼等は言葉を持たないが、その羽ばたきの紋様によって、互に話をし合ってるのではあるまいか。その飛翔の姿態を、気長くフィルムに収め、詳細に観察してみたら、どういう結果が出てくるだろうか……。
「まあ、あなたってひとは……。」
三千子は僕の肩をとんと突いて、眉をちょっと吊りあげていた。眉を吊りあげると、切れの短い眼尻がくっきりとして、ふだんより美しく見える。僕は頬笑んだ。それがまた彼女には不満なのだ。結論としては、僕には一片の愛情もないということになった。そうかも知れないな、と僕も思う。それからまた鴎を眺め、黙々と彼女のあとに随って、海岸をぶらつき、熱海に遊びにゆき、も一晩泊るつもりだったのをやめて、東京に帰って来てしまった。
いつも、そんな調子である。然し、女の気分なんてものは、どうせ、天気模様と同じようなものだ。主動権は気圧の配置にあるので、こちらでそれを掌握しようと
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