の証文まで持って来てくれた。無理に金を融通した上、自分で高利貸の所へ出かけていって、八百円に負けさしてきたのだそうだ。河野夫妻は感謝の涙にくれた。
 河野はその時のことを――勿論細君との恋愛について吉岡が反対したという昔の話はぬきにして――敏子さんへ話しながら、眼の中が熱くなるのを覚えた。
 敏子さんは彼の話を、それから、それから、というように急いで簡単に切上げさして、その上、その折の書付なども見たことはないのでと云って、やはり金を取ろうとしなかった。
「書付なんか吉岡君は書かせはしませんでした。全くの好意からだったのです。吉岡君にお聞きになればよく分ります。実はもうとっくにお返ししておかなければならなかったのですけれど、始終気にかかりながらもつい延び延びになってしまったのです。漸く都合がついて持って上ると、吉岡君が急にお悪いようで、何だか変ですけれど、初めからそのつもりだったのですから、まあ御恩は御恩として、せめて元金だけなりと納めて頂けると、大変有難いんです。このままでは実際心苦しいんです。吉岡君が一言も何とも云ってくれないので猶更……。」
 哀願の調子でそう云ってるうちに、河野の
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