顔にふと苦しい表情が浮んだ。それに気付いてか、敏子さんは急に折れて出た。
「では吉岡が何と申しますか、兎も角も明日までお預りしておきますから、明日にでも……明後日にでも、おついでの時にお寄り下さいませんか。」
そして敏子さんは厚っぽくふくらんでる洋封筒を手に取りながら、かすかに顔を赤らめた。河野も同時に顔を赤くした。
二
吉岡は河野との対語に気疲れがしたせいか、うとうとと眠っていた。それで、敏子さんが八百円のことを彼へ話したのは、晩の六時半頃だった。
「私少しも知らなかったものですから、あなたにお聞きしてからと思いましたけれど、河野さんがあんまり仰言るので、何だかお気の毒のような気がしまして、一時お預りしておきましたが、どう致しましょう。受取っても宜しいでしょうか。」
吉岡は差出れた洋封筒をちらりと見やって、それから眉根をしかめたまま考え込んでしまった。その様子が敏子さんの腑に落ちなかった。だいぶ待ってから、低い声で尋ねかけた。
「他に何か訳がありますのですか。河野さんはただあなたから借りたのだと、それだけしか仰言いませんでしたが……。」
「一体河野君はお前にどん
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