将来の目当とを無視して、細君と向う見ずな同棲を決心しかけた時、偶然彼は吉岡と二人で晩飯を食って、酒の酔も少し手助って、自分の恋愛を打明けたのだった。その時吉岡は、今後の生活をどうする気か、君の芸術をどうする気か、と云って猛烈に反対した。相手の女が、教員排斥のことか何かで郷里の女学校をしくじって、東京へ無断で飛び出してきて、今では遠縁の家へ預けられてる身の上だということも、彼の反対の理由の一つだった。然し河野は屈しなかった。云い張ってるうちに一層決心を固めた。ただそれだけのことだったが、それが変に二人の間に一種の親しみと気兼ねとを拵えていた。それで河野は、吉岡に頼るのが心苦しかったけれど、切迫《せっぱ》つまった余り思い切って出かけてみた。吉岡は彼の窮状を黙って聞いていたが、結局、別居こそしているが自分には父もあるし、金銭の自由は全くつかないのだけれど、四五日待ってみてくれ、考えてみるから……という返辞をした。河野はとても駄目だと思って帰った。それでも心待ちにしていたが、四五日たっても便りがなかった。すると一週間ばかりして、河野夫妻が絶望の腹を据えてる所へ、吉岡はふとやって来て、高利貸から
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