とは限らない。結局どちらも中途半端だね。が然し、両方が調子を合してきたら、よい方にならいいが、悪い方に調子を合してきたら、それこそ恐ろしいと思うよ。人間はそんな時に死の自覚を得るのじゃないかしら。……が僕はまだ、両方が喰い違っているから安心だ。そんな風に考えてきて、今日は馬鹿に晴々とした気持になったのだ。君にも同感出来るだろう。そして君は、君も皆と同じように、僕の容態を妙に気遣ってるようだけれど、君だけは僕の味方になってくれたっていいじゃないか。」
そんな風に――これは私が後で河野から聞いたことだから多少の差違はあるかも知れないが、兎に角、そんな風に云われると、河野はもう金銭のことを持出す気がせず、それかって坐を立つことも出来ずに、一時間近く吉岡の話相手になってしまった。吉岡の頬にはほんのりと赤味がさして、その興奮が落凹んだ眼と粗らな※[#「臣+頁」、第4水準2−92−25]髯とに病的な対照をなして、河野の心を囚えたのである。そして、看護婦が薬を与える拍子にそっと相図をしたので、河野は初めて我に返った心地で、慌てて病室を辞し去った。
さて帰る段になって、初めの用件が河野の眼の前にぶ
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