。軋るような引きち切るような声音になったばかりでなく、言葉の一つ一つが余韻の連絡なしに別々に出てきた。私は何だか恐ろしくなって、もう云い止めさせようと思ってるうちに、彼の言葉がぷつりと途切れたのである。喫驚して顔を挙げると、彼は眼をぎらぎら光らして息をつめていた。はっと思って私が手を出そうとしたとたんに、激しい咳の発作が起った。横向きに上半身をくねらしてるのへ、私は手を添えてやった。暫くは夢中だった。
すぐに看護婦がはいって来た。やがて敏子さんもやって来た。痰吐の中に可なりの量の血痰が吐き出され、水薬で含嗽がなされ、枕が高められ、額に氷嚢がのせられ、そして吉岡が眼をつぶって仰向してる間に、私はいつしか次の室に退いて端坐していた。気がついてみると、私は何とも云えない消え入りたいような思いに沈んで、戸外の虫の声に聞き入っていた。
長い時間がたった。病室の中は静まり返って、人声も物音もしなかった。遂に敏子さんが足音を偸んで出て来て、私を母屋の玄関の方へ連れ出してくれた。
「済みませんでした。」と私は云った。
「いいえ、私こそ。」
そして敏子さんは泣きたそうな顔をして俯向いてしまった。
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