しに来たのじゃなくて、ただ単純な気持からだったろうと思うよ。」
「それじゃあなぜ、僕にじかに話さないで、帰りぎわに敏子へそっと渡していったのだ。僕の病気がひどいからというのか。……病気がひどいというのは、何時死ぬか分らないという意味じゃないか。河野君ばかりじゃない。敏子だって……君だって、そう思ってることが僕にはよく分る。医者も看護婦もそうなんだ。皆で陰でこそこそやりながら、僕に死の宣告を与えようとしている。然し僕はあくまでそれに反抗してみせるつもりだ。たとい長くは生きられないとしても、僕は死ぬという自覚で死んでゆきたくはない。死ぬ間際まで生きるという意志でいたいのだ。死を自覚して安らかに大往生をしたなどという人の話を、僕は全然信じない。この数日間の経験から信じない。皆が寄ってたかって、君はもう二三日しか生きられないと云っても、僕はあくまでも生きるという意志を持ち続けてみせる。僕は初め、河野君だけはそういう僕の味方であると思っていた。然し今では……。」
云いかけて彼は喉をつまらしてしまった。私は先程から、私の言葉が一寸挾まった間の休息の後、彼の声の調子がすっかり変ったのに気付いていた
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